Blackmore's Night 2013年の英国ツアー その3. ~ いきさつ編

このコンサートに行くことを決めたいきさつなど、とりとめもなく…。

 

私が生でリッチー・ブラックモアを見たのは1978年1月の札幌公演一回きり。彼のファンになってまだ半年ほどの中学生だった。それ以来「私かリッチーのどちらかかが死ぬ前に、もう一度見ておかなければ」という思いがあった。

しかし、年月と共にそんなことも忘れかけていた頃、かつてのバンド・メンバーであるロニー・ジェイムズ・ディオが、次いでジョン・ロードが病気で亡くなった。それをきっかけに、そろそろ具体的に考える時期かもしれないと漠然とだが思い始めた。B.N.のHPは半年に一度見る程度だったが、2013年の3月に久し振りに覗いたら、偶然、夏の欧州ツアーの日程が発表された直後だった。6月の末ならまとまった休みも取りやすい。「これに行くしかない…」都合がいいのは6月26日のダンファームリン(スコットランド)と6月28日のニューカッスルイングランド)だ。まだ前の方の席が空いている。かと言って、即決する勇気はない。ぐずぐずしていると良い席が取れなくなるので、1日考えて行くことに決めた。ただ、コンサートのチケットは買ったものの母の体調が悪く、6月の時点でどうなっているか予想できず、航空券はかなり後になってから購入した。

  

ロンドンではリッチーのゆかりの地巡りも考えていたが、今回の旅は細かいトラブルが満載でエネルギーを消耗し、あちこち忙しく動き回る気力もあまりなくなっていた。あまりにも物事がスムーズに進まないので、「コンサートに行くなってことか?」と不吉な胸騒ぎがしたほどだ。それでも無事に行って来れたのだから、すべて予定どおりでなくても良しとしよう。

リッチーが2歳のときから住んでいたヘストンのアッシュ・グローブ13番地くらいは行ってみようかと思ったが、結局面倒になってやめてしまった。ストリート・ビューでも見れるしね。ゆかりの地といえば、学生時代(1980年代)、旅行中にヘストンと出身地のウェストン-スーパー-メアまで足をのばしたことがある。当時はその程度の大まかな情報しかなかったが、ヘストン・スクール(当時の名称)まではたどり着いた(リッチーが通っていたヘストン・シニア・スクールは、現在のヘストン・コミュニティ・スクールらしい)。その十数後、通りの名前まで明らかになった後でアッシュ・グローブまで(まだ番地まではわからなかった)行ってみた。辺りにカレーのようなスパイスの香りがした。たぶん、パキスタン、インド系あたりの人達が多い地域になっていたのだろう。

そんなわけで、ヘストンにはすでに2回行っている。しかし、ジェリー・ブルームの「リッチー・ブラックモア伝」 にかなり細かい事が書いてあるのを読むと、ロンドン市内や近郊で他にもいろいろと行ってみたい所が出てくる。しかし金欠だし、他に行きたい国もあるしで、実現するのはいつのことやら。。。

 

コンサートついでに普通の観光もしたので次回書きますが、リッチーとは無関係です。