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アフガニスタンの小説  「千の輝く太陽」 / カーレド・ホッセイニ

ヘラートの街の外に建てられた粗末な小屋に、マリアムは母と二人で暮らしていた。ヘラートの有力者で資産家の父は毎週木曜日にお土産を持って訪ねて来る。優しい父をマリアムは崇拝していた。

15歳になったばかりのある日、マリアムは母の目を盗んで、小屋からわずか2キロしか離れていないヘラートに生まれて初めて足を踏み入れる。しかし、それがマリアムの人生を激変させることになろうとは。一週間後、彼女は650キロ離れたカブールに住む40代の男の後妻にさせられていた。

20年もの奴隷同然の生活で、マリアムは利発さも無邪気さもとうに失っていた。相次ぐ空爆で、近所の人も次々と街を去っていく。そんな中、両親を亡くした近所に住む美少女を夫は第二夫人として迎える。そこからマリアムの人生は再び動き始める。

 

気が滅入る話は避けるつもりだったのに、そういう意味では最悪の本を選んでしまったかもしれない。でも読み始めると止まらない。昔の人の話のように思えてきて、途中何度もマリアムが私と同世代の人間だということを自分に言い聞かせなければならなかった。未だにこんな世界があるということを一応知っているつもりではいたが。カブールで映画「タイタニック」が大ブームになった挿話で、「現代の話なんだ」と実感した。もちろんフィクションなのだが、同じような境遇の女性は実際に何万といるだろう。 

残り数十ページになったところで、マリアムの行き着く先を読む勇気がなくなり一旦本を閉じた。それから数日はこの本を開く気になれず、ようやく昼間の陽光の力を借りて、残りを読み終えた。生まれてから死ぬまで不幸だったように見える一生も、本人にとっては子供の頃望んだものを手に入れて満足のいく人生だったのだ。「その程度の幸せで」とこちらの基準で勝手に憐れむのは傲慢だろう。

 

最終的には絶望の中にかすかな希望の光が見えてくるが、だからと言って胸をなで下ろす気持ちには到底なれない。読んでよかったとは思う。読まなければ、アフガニスタンの事に無関心のままだったろう。でも、マリアム個人の人生とは別の部分で、私には重すぎて消化しきれない塊がお腹の底に溜まったままだ。