ひとり旅が好きだ

世の中には二種類の人間がいる。ひとり旅が好きな人と、ひとり旅など考えられないという人だ。

 

数年前のこと。飛び入りで参加できる英会話の練習の場で、60歳前後の初対面の女性とペアになった。たまたまテーマが旅行だったので、帰ってきたばかりのイギリスへのひとり旅の話をしたところ「誰かと一緒だったらもっと楽しかったでしょうね」と言われた。「未だに世間の認識ってこんなものなのか」とがっかりした。ひとり旅が好きだとその女性に説明してもぽかーんとしたリアクションに徒労感を覚えもしたが、私の知り合いの中にもひとり旅好きはいない。学生ならともかくいい年をしてひとり旅を好む女なんてやっぱり変わり物なんだな、と思った。

 

だから去年、新聞の書評欄で紹介されていたソリスト」おとな女子ヨーロッパひとり旅 / 寺田和代著 を図書館で予約したとき、すでに何十人と予約待ちがいたのは意外だった。所蔵は3冊あるにもかかわらず、回って来るのに10か月近くかかった(読んだのは半年ほど前)。図書館で借りて済ませる人の割合を考えると、ひとり旅に興味がある女性って、けっこういるのかもしれない。

 

著者がひとり旅に目覚めたのは30代半ば。以後20年間に28回のひとり旅経験から、1回20万円の予算で1週間程度、ヨーロッパを旅するお勧めの方法やひとり旅の魅力が書かれている。旅慣れた人にとっては特に目新しい情報はないかもしれないが、一緒に旅仕度をしている気分になって楽しめる。

 

著者が疲れやすく、”体調は環境のささやかな変化をもろに受け、不測の事態への耐性が弱い”というところにも親近感を覚える。バリバリに元気でアクティブな人が書いた本じゃないところが安心できて良い。”おとな”という言葉が入る旅行案内にありがちな高級路線でもなく、若い頃は楽しかった貧乏旅行が体力的にきつくなってきた向きにはちょうど良い。1年に1度の旅の準備を半年前から始めるという著者は、”仕事が、家族が、介護が、半年後にどうなっているかわからないから計画なんて立てられないという人もいるけれど、万全なタイミングを待っていたら永遠に旅になど出られない。”と言う。そうなんだよねぇ。

 

しょっちゅう旅行できるなら、時には二人旅もいい(三人以上となると、私は家族以外無理)。でもたま~にしか旅に出られない今は、その貴重な機会はひとり旅に使いたい。二人だと、日常の空気を詰め込んだカプセルに二人で入ったまま旅行しているようで、ヒリヒリ感に欠けて物足りない。一人だと、ちょっとした新しい経験も冒険になる。たぶん同じような気持ちを著者は以下のように書いている。

 

”ひとりだから、目の前に次々と展開する風景、場面、出来事に、さしで没入できる。時おり心を横切るさびしさや不安や怖さといったネガティブな気分さえ、出会いの味わいを増すスパイスになってくれるおもしろさ~”以下略

 

表現力のある人は違うなぁ。これこそ私がうまく言葉で説明できなかった気持ちだ。まあ、私の場合は単に”ひとり好き”ってこともあるんだけど。 

 

ごくたまに、例えば雨上がりのひんやりした空気の中に落ち葉の匂いがまざっている街中を歩いているときに「あれっ?今の風、イギリスの匂いだった」とか思うことがある。ほんの2、3秒の不思議な瞬間。懐かしくて、ヨーロッパ、特にイギリスに行きたくなるんだよな~。

 

この本を読んでいると、無性にひとり旅に出たくなる。家庭の事情と経済的な事情で、簡単には旅に出られない身には毒ともいえる本だ。