修行は尼寺でします

NHKで放送中の「シャーロック」。頭の回転が遅いので、急展開に「えっ?まさか、あの人が?は?」となってしまい、ついていくのに疲れるわ~。

 

7月15日放送の"The Lying Detective"では、恋愛に消極的なシャーロックにワトソンが「(恋愛は)君を人間として完成させる」と説教する(?)場面があった。そこを突かれると弱いシャーロック。ちっ。代わりに私が「大きなお世話だ。いつからフランス人になった?」と言ってやりたいよ。

  

ヨーロッパでは結婚という形に囚われない人が多い。でも(同性を含め)カップル単位文化なのは相変わらずのようだ。一方で、ひと昔前までは独身者に風当りが強かった日本では「おひとり様」が市民権を得つつある。今となっては独身者、特に草食系や絶食系には日本の方が暮らしやすいかもしれない。

 

私が結婚しないのは「結婚する理由がないから」。生まれたときは一人(独身)なんだから、特に結婚する理由がない限り独身でいて当たり前だと思うんだけど、そんなこと言ってもどうせわかってもらえないし、理屈っぽくて面倒なヤツだと思われるのがオチなので「一人でいるのが好きだし、誰かと一緒に生活したらストレスで病気になりそう」と答えることが多い。これもまた本心。すると友人に「修行だと思って」と、よくある決まり文句を冗談めかして言われたことがある。修行なら尼寺でするわ。そういえば、これまでの人生で唯一憧れた職業が「修道女」だった(笑)。幸せそうだから。

 

子供の頃から自分が将来結婚するなんて想像できず、周りの人達が結婚を当然のこととして人生設計の中に組み込んでいるのが不思議だった。

中学生の頃には、「一生のうちに出会う異性の数は、老人や乳幼児を除くと、多い人でも数百人でしょ。結婚している人達は、その人数の中で”この人だ”と思う人に出会ったのだとしたら、少なくとも数百人に一人の確立で”運命の人”がいるってことだよね。」と考えるようになった。一見、冷笑的だけど「数百人に一人レベルの人じゃダメ」という、実は理想主義者なのかもしれないと、今は自己分析している。

 

精神的にかなり参っているときに付き合っていた人に「結婚に興味ないって言うけど、心の底では結婚したいと思ってるんだよ」と執拗に言われ、反論し続ける気力もなくなり、流れで婚約したことがあった。しばらくして心の状態が少し持ち直した時、はっと目が覚め「私が結婚するなんて、あり得ない!」と婚約解消した。精神状態が正常でないときに大きな決断をするものではない。

 

年を取ってよかったと思うことはほとんどないが、結婚を勧められることがなくなったのは本当にせいせいする。結婚(恋愛)したい人がするのはもちろん自由だし、そのことについて私は何も思わない。なのに、(問われて)「結婚に興味がない」と答えると、自分の生き方を否定されたかのように、あるいは「本人のため」と説き伏せようとする既婚者がたまにいて辟易する。ワトソンしかり。いろんな価値観があることを認めてほしい。シャーロックだって、きっとそう思ってるよ。

 

"The Lying Detective"では、パトカーの追跡を振り切って、アストン・マーティンで乗り付けて来たのがハドソン夫人、というのに笑った!ずっと前にも「(薬の売人だった亡き)夫とは体だけの繋がりだった」みたいなことを言ってワトソンをギョッとさせたり。ハドソン夫人のキャラ、好きだわ~。

 

「シャーロック」も次回で終わりか~。「ダウントン・アビー」も終っちゃうし。普段全くテレビドラマを見ないので、連続ドラマが終わる寂しさというものを初めて知ったよ。