久し振りにお雛様を飾った

お雛様を飾った。以前は2階の納戸から1階の和室に運んでいたので、特に台を運ぶのが大変だった。お雛様は出すのも片付けるのもひと仕事。数年前に母が下の和室を寝室として使い始めたこともあり、今回は初めて2階の和室に飾ってみたところ、運搬の楽なこと!全部一人でできた。2階にはたま~に父が上がって来る程度で、飾っていても私以外誰の目にも触れない。ただ、何年も箱から出してあげないのが可哀想でもあり(人形が可哀想だという感覚、わからない人にはまったくわからないだろうな)自分(と人形)のためだけに飾った。

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この7、8年お雛様を飾らなかったのは、首の痛みに悩まされていて、そんな作業をする余力がなかったからだ。何を試しても酷くなる一方の痛みに、もう一生治ることはないだろうと絶望的な気持ちでいた。それが1年半くらい前から徐々に良くなり、今ではほとんど気にならない程度にまで回復した。特別な治療法ではないのだけれど、これが効いたとしか思えない私なりの方法がある。ひょっとしたら同じやり方で治る人がいるかもしれないので、次回は私が長年の首の痛みに苦しみ、ついに解放された過程を書こうと思う。

野幌森林公園 ~ 記念塔口から

2月の野幌森林公園。今回は百年記念塔の前の駐車場に車を停めた。

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冬にここへ来たのは初めてだ。人がいない。でも綺麗に除雪されてるんだよねえ。この塔は北海道開拓100年を記念して建てられたもの。「北海道」と命名されてから今年で150年だから、ちょうど50年前だ。

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小学生の頃、あの展望室まで登ったなあ。ここは高台にあるので、札幌の市街地方面が良く見えた。老朽化が進み、現在は立ち入り禁止になっている。取り壊しも検討されているらしい。この塔はどこからでも見えるので「あっちが野幌ね」と、いい目印になっている。なくなったらちょっと寂しいかも。

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市街地方面

 

ここから瑞穂連絡線を歩く。

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突き当りを左へ曲がって大沢口方面へ進むと、雪を被った針葉樹の枝が 枝垂れていて綺麗だった。でも家を出る前に充電してきたカメラのバッテリーが早々と切れてしまい、写真は撮れず。寒さのせい?でもこの時はせいぜいマイナス5,6℃だったんじゃないかな。風もなくて、歩いていたら暑いくらいだったのに。軟弱なバッテリーだ。

 

30分くらい歩いたところで引き返した。大沢口からのコースと比べると、道がずっと直線で景色に変化がないけど、アップダウンがなく冬には特に歩きやすいコースだと思った。

ガレット @ Dany's Restaurant

フランスのコンクールでガレット部門一位を受賞したフランス人シェフのお店。地下鉄の西18丁目駅からすぐのところにある。

 

メニューを見るうちカスレも食べてみたくなったけど、やっぱりこのお店の名物のガレットにした。スープ、ガレット、モンサンミッシェル風オムレツ、ドリンク のセット(¥1980)と、オムレツの代わりにデザートのセット(¥2480)を友人とシェア。

 

この日のスープはキャベツか栗(栗はプラス¥200)。栗好きの私達は迷わず栗のスープをチョイス。

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正直、期待したのとは違ったかな。そんなに栗の味が濃くないし、塩辛くてパンが欲しくなる。

 

ガレットはいくつかの種類の中から、一番シンプルなハム、チーズ、卵のコンプレット・ガレットを選んだ。

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オムレツはシェアする前に写真を撮るのを忘れた。

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すごく大きいけど、卵2個分くらい? テレビで見たモンサンミッシェルのオムレツのお店の様子では、銅の大きいボウルで(ケーキの)スポンジを作るみたいに泡立てていたからね。

 

ちなみに、シェフのダニーさんが来日したのは、2009年に目白のモンサンミッシェルのレストラン立ち上げのためだそう。その後、北海道の食材に惚れ込み、このレストランを開業したのだとか。道外の人には知られていないかもしれないけど、ガレットの材料であるソバの生産量は北海道が国内生産量の42%を占め、ダントツの一位なのだ。

 

デザートの塩キャラメル・クレープ

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オムレツは(大きいけど)量が多いわけじゃない。ただ単純な味なので、一人で全部食べると飽きがくるかも。シェアして正解だった。デザートは(私なら)余裕で一人で食べられる。

今度は蕎麦粉を買って自分で作ってみよう。

 

2月6日から14日まで札幌三越本館の催し物、CHOCO&MARIAGEに出店するそうですよ。

部屋の窓から見る皆既月食

安いデジカメで手持ち撮影。

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21:53 

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21:25 確かに赤くなってる。対象が暗すぎるせいか、ピントが合わない。 

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ピントは合わないはブレるは(三脚を持ち出すほどでもないし)。私の部屋の窓からだと、一番低い位置から上を見上げて、月が見えるのは屋根の庇ぎりぎりあたりの所(二階なので)。肘を固定する態勢がキツい。しばらく窓を開けていたから部屋が冷え切った。。。

40年前の今日の出来事

40年前の今日、1978年1月27日。中学3年生だった私はレインボーの札幌公演に行った。このコンサートでは観客が将棋倒しになり、19才の女性が亡くなった。この日のことは、亡くなった方がいるので話題にするのがはばかられ、今までほとんど人に話すことがなかったのだけれど。。。

 

私にとっては初めてのロックコンサートだった。開始と同時にみんな席を立って前へ押し寄せた。私も友達と3人で手をつないで前に行ったが、あっと言う間に後ろから押されて友達とは散り散りになった(あとで聞いた話では、一人は警備員かローディーに脇に引っ張り出されたとか)。それからしばらくはコンサートどころではなかった。人の塊に挟まれるうちに体が宙に浮いた状態になった。倒れないように踏ん張りたくても、足が床から離れているのでそれができない。胸が圧迫されて息が苦しい。「ここで死ぬのか」と思ったことは生々しく覚えている。

 

それがどのくらい続いたのだろう。客席の電気がついて演奏が止まった。床に座るように指示されてようやく地獄から抜け出せた。ステージに現れた日本人(プロモーターのウドーの人?)が、怪我人が出ていること、リッチーもこのような状態は望んでいない、というようなことを言ったような気がする。それからはずっと床に座ったまま、リッチーだけを見ていた。

 

私自身死ぬかと思ったにもかかわらず、実際に死者が出る惨事になっていたことは家に着くまで知らなかった。ニュース速報が出たそうで、心配した母が父に会場まで様子を見に行くように言い、父はコンサートをやっているのを見て来たそうだ。関係者と思われたのかノーチェックで入れたらしい。

 

直に見たリッチーの様子を次の日あたりに思い出そうとしても、なぜかほとんど覚えていなかった。私はこの半年ほど前に見たカリフォルニア・ジャムの映像でしか動いているリッチーを見たことがなかったし、これからもないだろうと思っていた。将来、ライブのビデオが発売される時代になることなど知るよしもなく(ビデオデッキ自体、すごく珍しいものだった)、すべてを自分の目に焼き付ける以外ないと、瞬きするのも惜しんで見ていたのに。きっと「あのリッチーがここにいる!」という極度の幸福感でぼーっとしてしまったのだろう。覚えているのは「顔が白い」という妙な印象だけ(あと、増毛直後で前髪が変わっていたこと・笑)。客席も明るく普通のライトがついた状態だったので、雑誌で見るステージ用の照明が当たった顔色とは違ったのだ。

 

今、書いていて急に思い出したことがある。ステージに投げ込まれた靴をリッチーが手に取って、匂いを嗅ぎ投げ返したらしい(私は見た記憶がない)。(警備員に引っ張り出されなかった方の)友達が周りの人達とその靴の取り合いになり、中敷きをゲット。その中敷きは私達3人で分けた(笑)。誰かの脱げた靴を拾って投げたんだろうけど、靴の持ち主は雪の中をどうやって帰ったんだろう?

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札幌に来たのは78年が最初で最後だったが、リッチーはレインボーとパープルでその後何度も来日した。東京なら行こうと思えば行けたのに、行かなかった。78年当時より遥かにリッチー熱が過熱していた私は、肉眼で見られる距離までリッチーに近づくのが恐かった。それどころか、リッチーから50km(50メートルではない)圏内には恐れ多くて入れないという感じ。そんなことをしたら自分が崩壊するような気がしていた。

 

私が異常な熱狂から冷めた頃には、リッチーはめったに来日しなくなっていた。そして2013年に「見るならこれが最後かも」と意を決してイギリスまで見に行った。その間、なんと35年。気の長い話だ。この40年でリッチーに対する私の想いもずいぶん変わったが、今でもこうしてリッチーのことを話題にしているのだから自分でも驚きだ。

 

40年後、もし私がまだ生きていたら、どんな風に振り返るのだろう。「ついこの間のことのような気がするよ」なんてね。恐ろしや~。

たまの贅沢 ~ ”無殺菌” 想いやり生乳

私は大の牛乳好き。ごくたまの贅沢として、想いやり生乳を買う。180mlで500円(税別)と、牛乳としてはものすごく高い。

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日本で唯一の搾ったままの無殺菌牛乳。札幌では数カ所しか取り扱っている店舗がない。アリオのそばを通りかかったので、久し振りに買った。以前は丸井(百貨店)でも売ってたんだけど。

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棚に1本だけあった。買ったのは17日で、賞味期限は19日。”特別牛乳”と書いてある。

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あっさりしていて、風味は生クリーム。甘くない不二家のミルキーという感じ。大好きなおこっぺソフトと似ている。 昔ヨーロッパで飲んだノンホモ牛乳もこんな味だったような。

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無殺菌を可能にするためにかかる手間や、無農薬で牧草を作っていることを考えれば、この値段も妥当だろうと思う。外でお茶するとかお酒1杯なんかと比べたら、540円でもバカ高いとは言えないんじゃないかな。牛乳好きは是非一度飲んでみてほしい(本当は牛乳の後味が嫌いな人にも勧めたいけど、嫌いな物に540円は出さないだろうね)。 

想いやりファーム(旧中札内村レディースファーム) - 安心・安全・こだわり、お腹に優しい日本で唯一の無殺菌牛乳 

 

blackiex.hatenablog.com

 

花梨のジャム作りに再挑戦

11月20日に取り込んだ花梨。

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ジャムを作るため、約2カ月、室内で追熟させた。

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去年作った花梨酒は渋味が抜けず失敗だったので、今度は長めに追熟させた。

 

いろんな作り方があるようだけれど、渋抜きのためとりあえずイチョウ切りにして1日塩水に漬けた。

去年とろみがつかなかった失敗を繰り返すまじと、まず種だけ煮てペクチン液的な物を作った。とろみがついているのを確認して、実(800g)と、ひたひたより多めの水。そして砂糖を160g(足りなかったら後で足そうと)。レモンも加え強火にかけ、沸騰したら中火で30分。

ざるで実を濾して、砂糖を40g足して更に30分。煮ながら時々味見。美味しくはない。渋味はやっぱりある。約540gになるまで煮詰めた。

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実際の色はこれよりピンクっぽく、綺麗。ペクチンはどこへ行ったのか、さらっさら。

瓶に入り切らなかったのを冷めてから味見。。。

 

ぐえ~~~~っ!!! なんじゃこりゃ!

激マズ!

冷めると、もやっとした味が絶妙に気持ち悪くて、小スプーン3分の1程度なのに吐き気をもよおした。渋味は無理すれば食べられなくもないかもしれない程度💦 とにかく味が悪くて香りなんかわからない。”こんな不味い物、生まれて初めて食べた”ってレベル。普通のジャムと比べてずっと手間がかかっているというのに。。。

 

親も今度こそと期待していたようで、すごく不味いと言っても「レモンと砂糖をたくさん入れて煮詰めれば?」とか、もったいないからどうにかさせようと提案してくる。どうやったって美味しくなるような代物じゃないと思うけどねー。

 

まあ、砂糖を少なめにしたのは良くなかったかも。そして、最初から砂糖と一緒に煮るのではなく、まず味付けなしで煮てアク抜きするやり方が正解だったのかもしれない。とは言っても、また来年作る気になれるかな~。