大人になってからのピアノ再開”あるある”なのかな

NHKラジオ深夜便はネット上で過去1週間分の放送を聴くことができる。たまに眠れないときなど、面白そうなのがないか覗いている。

 

12月13日放送の中に元新聞記者、稲垣えみ子さんの話があった。彼女のことは知っている人も多いだろう。家でガス契約もせず、冷暖房も使わないという究極のミニマリスト的な生活をしている人だ。そこまでではなくても、私も不要なものを持たない生活には興味があり、彼女の本を読んだこともある。深夜便も彼女の回は何度か聴いている。そして今回の話題はなんと「40年振りにピアノを始めてドはまりしている」という話。え~っ!ここにお仲間が!というのと、冷蔵庫さえ持たない稲垣さんが(電子だとしても)ピアノを買ったのか!?という驚きで興味津々。

 

共感できるところがたくさんあって面白かった。でも彼女のハマり方はハンパない。何でも突き詰める人なのね~。話を簡単にまとまると

・ピアノは小学校卒業まで。練習や親からのプレッシャーが嫌で嫌で、辞めたときはせいせいしたが、大人になってからは少々後悔することもあった。

・再開したきっかけは、再現された鴨長明の庵を見たこと。すべてを捨てての四畳半生活で、唯一と言ってもいい所有物が琵琶と琴だったことに衝撃を受けた。

 ・たまたま近所のカフェにピアノがあり、そこに通ううちに営業時間外にピアノを練習させてもらう許可を得る。以来、朝練と夜練合わせると一日3時間くらい練習している。ピアノに時間を取られすぎて仕事の時間が侵食されているほど。

・クラシック好きでもなんでもなかったのに、突然ピアノ曲を聴きまくるようになった。「練習すればいつか弾けるようになるかも」という思いで聴くと、どの曲もすばらしく聴こえる。

・人に聴いてほしいという気持ちは全くない。ただただ一人で弾くことが楽しく、飽きない。やればやるほど世界が広がる。これさえあれば生涯楽しく生きていけるという心境。

・まったく役に立たないことをやる、ただ音と戯れるという贅沢。目標がない。だから楽しい。

 

大人になってからピアノを再開するとハマってしまう人が多いというのは聞いたことがある。昔の私は、そもそも上手く弾けるようになりたいという気持ちすらなかった。弾けるようになったところで「それが何か?」ってなもの。今は右手と左手の音の調和やちょっとしたフレーズにも「何て綺麗!」と思うんだよなあ。昔は(曲単位で好きな物はあっても)そんな風に感じたことは一度もなかった。やらされてるのと自ら望んでやるのとではこれほどまでに差が出るものか。

 

「年を取るとピアノをやっても目標の持ちようがないのがいい」と稲垣さん。確かに実利的な目標はないけど、モチベーションは今の方がはるかに強い。弾きたい曲を自分で選んでいるのも大きな違いだ。昔は先生に指示されるだけだったからね。基礎を習得するには必要だったのかもしれないけど、本当につまんなかったよ。

 

いろんなピアノ曲の中から「これなら弾けそうかな?」って曲の楽譜をネットで調べ、♯や♭の多さに「あ、ダメだ。。。」となるのも”あるある”なのかも。私も昔使っていた楽譜(本)の中から初挑戦の曲を何か弾いてみようと思っても、♯、♭が四つ以上あるとやる気なくなるし。

 

「老眼だから楽譜を拡大コピーする」っていうのにも「そうそう!」と。楽譜をダウンロードしてコンビニでプリントするとき、初めのうちは無意識にA4だったのが、途中からB4に。断然見やすい。ただ、コンビニ印刷のインクってライトが当たると光って見えにくいのが難点なんだよなあ。

 

稲垣さんは「(よく言われるように)ピアノを弾くことで脳が活性化され、弾いている最中に原稿のアイディアが浮かぶことがある」そうだ。でも「ピアノに時間を取られて書く時間がなく、脳が活性化しても何の意味もない」というのが可笑しかった。脳の活性化に関して私は実感がないが、劣化を食い止められれば上々だ。でも今では指も(スピードは別として)ほぼ思い通りに動くようになったし初見もずっと早くできるようになり、6カ月前とは雲泥の差。この40年間使っていなかった脳の神経回路が復活し始めているのは確かだろう。

 

私は3時間も弾いたりはしないけど、細切れに弾いた時間を合計すると2時間くらいになる日がある。夜中にベッドから起き出して消音ペダルを使って弾きだしたり(私の部屋の下は父の寝室なので)。ただ稲垣さんと違って、今後もずっとこのテンションが続くとは思っていない。というのも、弾きたいと思う曲が限られているからだ。この半年でダウンロードするなどして初めて手に入れた楽譜は10曲もない。全部、元々耳で知っている、つまり好きな曲だ。この他に今後どうしても弾けるようになりたいと思う曲は数曲しかない。それらがひと通り弾けるようになり、次に挑戦したいと思える曲が見つけられなかったら、ピアノ熱はかなり冷めるだろうという気はする。同じ曲ばかり弾いていると飽きてしまうのだ。こういうところは子供の頃と変わらない。

 

昔はあれほど嫌だったピアノに熱中するようになったのは、当然ピアノに向き合う心の持ち方の違いのせいなのだけど、私の場合、ひとつだけ物理的な理由がある。それはピアノの音の響きの違いだ。今の方が断然響きが良いおかげで、音自体を楽しむことができるようになった。習っていた頃は、和室の一部を板張りにした部屋にピアノを置いていた。家を建てたのとピアノを買ったのがほぼ同時期なので、たぶんピアノを置く予定でそういう作りにしたのだと思う。当時は音の響きが悪いというか、籠っていて好きになれなかった。ピアノの下の床は一応フローリング(?)だけど、他は畳だし、砂壁も音を吸収していたのだろう。「なんでウチのピアノはこんなもっさりした音なんだよ。。。」と不満に思っていた。良く言えば柔らかい音なんだけど、私はもっと乾いた硬い音が好きなのだ。

 

今の家はピアノを置いている部屋の床と壁の素材が前とは違うせいで、カラッとした音がする。とても同じピアノとは思えないほど。古くなったことでハンマーのフェルトが堅くなっているのも少しは関係あるかもしれない。そして今回ピアノを再開してから、二か所ある窓の厚手のカーテンを開けてるか閉めてるかでも音が違うことに気がついた。開けている方がよく響くし、更にピアノの天板を開けて弾くのも華やかになってお気に入り。アップライトピアノで天板を開けるなんて、以前は考えたこともなかった。響きが良くなるとなぜか鍵盤のタッチも軽く感じて快適。冬になってからは一層乾いた好みの音になってきた。やっぱり楽器を楽しむのに音の良し悪しは重要なんだな~。

 

ピアノの話、しばらく続くかも。